「再審査請求」において「労働保険審査会」に提出した物証の一部を公開する。
1.再審査請求(労働保険審査会)
これまで前回・前々回と二回に分けて,2011年1月21日に申請した「労働者災害補償保険」の横浜西労働基準監督署による調査における明治学院大学の「偽証」及び同監督署事務官の「不実記載」について検討してきた。
その後,2012年2月7日付で神奈川県労働局に「審査請求」をするも,神奈川労働局の労働者災害補償保険審査官も横浜西労働基準監督署の事務官が捏造した不実記載を引き写しにして却下した。
この為,2012年10月30日付で労働保険審査会に「再審査請求」を申請することとなった。このときに改めて同審査会に送付した書類が,本記事の「見出し画像」にもなっている2013年1月15日付「申立書」である。
実は,前回記事,前々回記事に掲載した「物証」は数通を除いて全て,この2013年1月15日付「申立書」に添付したものであり,それを再利用した。
本記事「見出し画像」を一瞥して判断できる通り,膨大な文書量であるものの,主張の骨子は前回記事,前々回記事に記したものに尽きる。即ち,上記に掲載した通り,同「申立書」4頁に列挙した「内容証明」に記した事実を詳解したものに過ぎない。
本文だけで153頁あるが,理解を助けるため,その中に「出来事」(エピソード)と「心身症状」の相関について一覧表を掲載してある。
当記事の読者は既に,前回記事,前々回記事を一読しておられると思うが,それを念頭に置きながら眺めてみると,改めて「出来事」(エピソード)の全体的な流れと連関が理解できるようになるだろう。
以下,幾つかの期間に分けて,それらを掲載する。
2.2002〜2003年度(平成14〜15年度)
2002年に「一般教育部」から「文学部フランス文学科」へ分属してから体験した理不尽な就業環境についての記録。
3.2004〜2007年度(平成16〜19年度)
2004年6月,「過重労働」により入院することとなるが,退院以降も理不尽な就業環境と継続的なハラスメントによるストレスが絶えず,心身の健康が徐々に蝕まれていった経緯。
4.2008〜2009年度(平成20〜21年度)
文学部フランス文学科主任の度重なるパワーハラスメントと安全配慮義務違反が受忍限度を越えたため,大学執行部に直訴するに至る迄の経緯。
5.2010年度(平成22年度)
文学部フランス文学科において起きた「人権侵害」と「過失傷害」を隠蔽するために,大学執行部は2010年度になって,筆者の状態を秘匿したまま「教養教育センター」に移籍させた。これに起因して更に心身への負荷がかかり,精神疾患に罹患して労災申請をするに至るまでの経緯。