公園で出会った君へ

PRIVATÆ
例の公園のベンチに独り座っていた。君はそこにやってきた ⸺ キジトラシロのネコ君。

ヒトを避けていたそのときの僕に擦り寄り,その大胆というか,図々しさすら感じる君の友好的態度が,何故か僕の気に入った。

君は,ヒトが怖くはないのか? ヒトに不愉快な目には遭ったことはないのか? 僕は辟易しているというのに……

ヒトの為すことに比べるならば,君のその模様も,その鳴き声も,今の僕には,ずっとずっと芸術的で哲学的にすら思える。僕は出会ったばかりの君に妙な愛おしさを感じる。

もしも君がヒトに成りたいと願うならば,今直ぐにでも,この僕の肉体も ⸺ ヒトの魂があの世で永生するということが本当であるとするならば ⸺ その魂をも,君にあげよう。

僕がヒトであることには意味などないのだから。

かつて僕にも夢があった。それは試すことも許されないままに潰えた。その後の人生は,自らを終わらせるためのもの ⸺ 四半世紀ほども生きてみたが,それが一体何になっただろうか? 

その期間に得た全てのものは,体験するまでもなく,僕にとっては無価値なものでしかなかった。

こんなものでも君が欲しいと言うのならば,くれてやる。

半分死に掛けた僕の魂は,普通のヒトの半分位しか生きてはいないかも知れないが,それでも少しはヒトに近付くことはできるだろうよ。

僕は,ヒトでも生き物でも石コロでも星でも,まして天使や神でもなく,何ものでもない〈無〉になりたい。

ただ,君が僕の代わりにヒトに成るときには,僕のモノとなった君の身体と共に,少しの間僕の相棒だったグレンザーを葬っておくれ。

そしてあと一つだけ願いが聞き入れられるならば,ベートホーフェンのピアノソナタ第32番の終楽章を聴きながら,消えていきたい。それが僕の最後の望みだ。

おや,もう行ってしまうのかぃ? 愛しい君よ……
もしも君がヒトに成りたいと望むのならば,何時でもそう言っておくれ。

旧ウェブ日記2009年11月22日付

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