訃報

MUSICA

不思議な体験をした

いつもと同じ重い身体を昼過ぎに起こし,何をするでもなく,また夕方の散歩をした。

いつもの散歩コースの途中に,一件だけ,海を見ることができる小さなカフェがある。本当に不思議なのだが,国道と海の間を砂防林が遮っているため,散歩コースにあるカフェは2階席であったとしても,どの店も,海を見ることできない。だから,その店だけなのだ。

それでも,今まで,そこには数回しか入ったことはない。決して嫌な店ではない。むしろ開放的で,おそらく,この通りにある店の中で,これ以上素晴らしい景色を見ることはできないスポットだ。それなのに,ずっと入る気がしなかった。

ところが,今日は,ふと入る気になった。

先客が一人居たが,私が入ってすぐに出て行った。それで,そこの店の人と二人っきりになった。別に会話をする義務も義理もない。これまでもその人と話をしたことは一度もない。だから入って,喫茶して,帰るだけだった。

話すのも怠い,そんな健康状態の中で,何気なく景色のことを話した。上に書いた通り,この店以外では,海を見ながら喫茶できないという,ただそれだけのことをだ。

そこから他愛もない会話が続き,私は自分の病状のことを話した。それから病気の話になって,実はその方も,最近になってからガンを患っておられ,これから治療に入ることになるということを話して下さった。

初対面の人と,こんなにプライベートな内容を,しかもこんなに長く話したのはいつだっただろうか。不思議な体験だった。

訃報

そうして,いつも通り帰宅して,いつも通りシャワーで汗を流して,メールの確認をした。

信じられないメールがあった。田中潤一先生が,昨日亡くなった,というものだった。

もう最後にお会いしたのは去年の後半だったと思う。

決して自分の体調のせいにしたくはないが,教わっていたトラヴェルソの技術が上達したところを見てもらいたかった。しかし,その願いは,もう叶わない。もう二度と一緒に合わせて頂くことはできない。

先生の音を知っている人は幾らでもいるだろう。しかし,その音を出せるのは,私だけだ。私だけが,先生の音を継いだのだ。でも,今の私は,廃人だ。

私は,今日,本当の音楽を教えてくれた尊敬する師を失ったことを知った。


旧ウェブ日記2010年9月22日付

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